古澤 満コラム私は子供のころからラマルクの“獲得形質の遺伝”に興味を持ち、進化を目の前で見ることが夢であった 古澤 満 古澤 満
 

第5回 生物を支配する法則を探る―元本保証の多様性拡大―

 素粒子から宇宙の起源に至る広範な事象の説明を可能にした物理学の成果には、ただただ驚嘆するばかりです。生物も物質から出来ている以上、物理法則ですべてを説明できるはずだという考えも分かりますが、それでは生物学を生業(なりわい)とする研究者としての基盤そのものが怪しくなる気がします。数式が不得意だと言う理由で生物学科に進んだ私としましては、生物を支配する未知の法則が眠っていて、あえて難しい物理の理論や数学を使わなくてもそれらを発見できると信じてきました。勿論、その法則は生気論(生き物には魂や“気”が宿るという考え)の類ではなくて、メンデルの遺伝法則のように、最終的には物理学の言葉で置き換えられるべきものであり、当然、近代生物学の知識と矛盾するものであってはなりません。

【自己複製と物理学】
 ここでは、生物の最大の特性であります≪自己複製≫(分裂)に注目します。今回のコラムを書くに当たり、友人である複数の物性物理学者と話して確認したのですが、物理学では自己複製する系を取り扱った経験がない、ということはどうも確かなようです(むしろ、「目に見える物体から素粒子に至るまで、生物を除いて自己複製するものはない」と言うべきでしょう)。つまり、自己複製系は基礎物理学者にとって“聖域”ということになりますから、宝物が隠されているかも知れません。さて、その宝物を見つけ出す手段ですが、例によって瞑想だけが頼りです。「自然は単純で美しい」と言う、物理学者の言葉を一途に信じて、できるだけ単純で美しいモデルを作ることにしました。

【キーワードは元本保証】
 まず、下に示した図のうちの図1をご覧ください。これは概念図ですから、○は自己複製をするユニットであれば何でもよく、DNA・遺伝子・ウイルス・バクテリア(細菌)・真菌類(かび・酵母など)・培養細胞・個体、場合によっては、種(しゅ)でも、あるいは文化のようなものでもかまいません。分かり易くするために、図には第3世代までしか家系図が描かれていません。四角で囲まれた最下段の8個だけがが現存する実体(第3世代)です。つまり、それぞれのユニットが自己複製を終えると2個の子供が出来ますが、その親は自動的に消滅します。図1は細菌の複製様式そのものですから、これ以上何も付け加える必要がなさそうですが、実はこの集団の存続はあやふやなのです。何故なら、どの細菌も同じ表現型(形や機能)(0)ですから、もし偶然抗生物質に接したとしますと、耐性がない場合全滅してしまいます。この悲劇から逃れる術は一つしかありません。それは、前もって表現型の多様性を確保しておくことです。うまくすれば、その抗生物質に耐性の個体が準備されているかも知れません。これがダーウィン進化の基本的な考え方です。

 そこで、表現型の変化を考慮したのが図2です。ここでは自己複製の度に、親と違った表現型をもつ2個体の子供が出来るようにしてあります。(数字の違いは表現型が異なることを意味します。図間の数字は関係がありません。)現在生きている細菌は最下段の7、8、9、10、11、12、13、14と番号を振った8個体です。多士済済のメンバー構成ですが、一見して、この集団も極めて危険な状況にあることが分かります。と言うのは、もし、現在の環境が永い間変わらなかったとしますと、先祖の0型が居ませんので、全滅する危惧があります。一方、幸運にも10番の細菌が抗生物質に耐性を持っており、生き延びたとしても、次の世代では必ず新しい表現型が加わりますので、将来、耐性が保持されるかどうかは「神のみぞ知る」です。では、この問題をどのように解決すればいいのでしょう。いろいろな答えがあるでしょうが、私が一番“単純で美しい”と思う解を示しましょう。
 図3を見てください。ここでは、それぞれのユニットが自己複製して生ずる2個体の子供のうち、一方は必ず親と同じ表現型を持つようにしてあります。現存する8匹の細菌の表現型は0、1、2、3、4、5、6、7まで、見事に全部そろっています。このモデルの特徴は、1)先祖型の表現型(0)は何世代経っても保証される、2)過去に一度現れた表現型は、その個体が偶然死滅しない限りいつまでも存在し続ける、3)表現型が一度に極端に変わっても、原理的には全滅しない、の3つです。一口で表現しますと、「元本保証の多様性創出モデル」です。一種の“不等分裂”とも言うべきこの方式ですと、次々と違った環境(選択圧)に曝されても、適応進化して生き延びて行けそうです。

                                
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 図2,3のように表現型が変わる原因は、自己複製に伴って入る突然変異(DNA上の変異)であることが知られています。上に列記しました複製ユニットのうち、DNAから細菌までは、突然変異と“不等分裂”との関係を示すモデルが既に出来ています。しかし、残念ですが、かびから高等生物にいたる生物群に関しましては、図3のような家系図をうまく説明できるモデルは未だありません。今後の課題として残されています。しかし、表現型にだけ注目しますと、高等動物でも原理的には図3のような家系図として表現できるように見えます。例えば、純系のマウスの場合ですと、殆どすべての子供は親と全く同じ形質を持っていますが、まれに変わったのが生まれることがあり、それが遺伝します。変異した個体が生まれる確率をどんどん大きくしていっても、もし、図3の戦略が保てるなら、この集団は死滅することなく、急速に適応進化するはずです。それを実現するキーコンセプトは突然変異を不均等に入れることである、と私は信じています(第1回コラム)。

 種も何時かは変わらなくてはなりません。種が変わるときは分岐して新しい種が形成されます。分岐も一種の自己複製ですから、元の種を担保しながら新しい種をスピンアウトします。不等分裂です。これを繰り返してきた結果が現在われわれが目にする生物界です。最後に文化ですが、日本文化の代表である華道を例にしましょう(筆者は未生流を少し習ったことがあります)。華道には家元があって、頑固に伝統技術を踏襲しています。しかし、必ずと言っていいほど異端者が現れ、終には破門され、新流派が誕生することになります。勿論、家元は伝統を守り続けます。そうしないと、新流派とは区別がつかなくなる恐れがあり、新流派から見ても、家元あっての新流派なのです。新流派もやがて新家元となり、同じ歴史を繰り返すことになります。「元本保証の多様性創出」そのものです。この法則は“業(ごう)”のようなもので、ヒトも生物である以上、逃れることはできないのではないでしょうか?

【元本保証と個体発生】
 ここまでは、進化の話をしてきましたが、このモデルは個体発生(卵から親になる過程)の仕組みにも関係があるように見えます。もう一度、図3を見てみましょう。頂上の0を受精卵と仮定しますと、左端の4つの0からなる系譜は生殖細胞(卵や精子になる細胞)のラインを示し、親から子へと生殖細胞が受け継がれていく様子がうまく表現されています。次に、典型的な細胞分化の例を挙げます。血液細胞の幹細胞は自分自身を再生すると同時に、幾度か分裂を重ねて、次第に分化の多能性を失いながら、赤血球や各種の白血球・リンパ球等に分化して行きます。番号1の細胞を仮にその幹細胞としますと、図3に示されている細胞系譜は血液細胞のそれと基本的に似ていることが分かります。このように、“不等分裂”を繰り返して、多種多様な細胞を作り出すやり方は、他の臓器の分化においても見られる普遍的な現象です。進化の場合と違って、個体発生における不等分裂の機構は突然変異が関与することはそう多くはないと思いますが、いずれにしましても、結果として起こる事柄から判断して、「元本保証の多様性創出モデル」の一例であると言えるでしょう。                 

【西洋の科学と日本の科学】
 J.モノーは生物の3大特性として自己複製(普遍性)、進化(合目的性)、個体発生(自律的形態発生)を挙げています。括弧内はモノーが「偶然と必然」(J. モノー著,渡辺格・村上光彦訳,みすず書房,1995)の中で使っている言葉ですが、いかにも通常の物理学的アプローチでは捕らえられない難問であるかがよく分かります(例えば、合目的性という言葉は客観性もモットーとする科学とは真っ向から対立する非科学的な概念です)。氏は、一列に並んだアミノ酸の紐の自律的組織化によるたんぱく質の立体構造形成と、自ら発見したたんぱく質のアロステリック効果(たんぱく質に特定の物質がくっつくと、形が変わって、新しい機能を発揮する)を軸に、上記の問題に対して見事な説明を展開しています。
 このコラムでは、違った切り口から入ったにもかかわらず、同じ問題に行き当たりました。進化も個体発生も突き詰めれば自己複製の非対称性(不均衡性)に根っこがあり、個体発生と系統発生(進化)は『元本保証の多様性創出の法則』という共通のルールによって支配されている可能性がある、と言えるでしょう。この文脈に沿えば、自己複製が非対称性を生ずる分子メカニズムを研究することが、生物を統一的に理解するための糸口を与えてくれることになります。個体発生における不等分裂機構の解明は、今日の世界的なトピックスの一つになっています。


2006 年 10 月 3 日
古澤 満
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第1回 『進化と時間を考える』
第2回 『進化と時間を考える ― 続き ―』
第3回 『遺伝とDNA』
第4回 『エル・エスコリアル サマーコース』
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